大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和30年(う)3298号 判決 1956年2月06日

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮六月以上壱年以下に処する。

原審において生じた訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人堤牧太の陳述した控訴趣意は、記録に編綴されている同弁護人並びに弁護人桑原純照から提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

弁護人桑原純照の控訴趣意第一点(理由不備)第三点(並びに第四点審理不尽及び事実誤認)について、

しかし、原判決に挙示する証拠に徴すると、原判示事実は、被告人が自動車運転の業務に従事していたとの点及び本件事故が被告人の業務上の過失に基因するとの点を除き、その余はすべてこれを認定するに充分であり、所論は本件自動車の後方荷台に川本和男が乗車したのは、被告人において乗車せしめたものでないというにあるが、同人が進行中の自動車に便乗すべく合図したので、同人の従兄川本新吾において、被告人に同人の同乗方を依頼したため、被告人はこれを承諾し、停車の上、同人を乗車せしめたことが記録上明らかであるから、被告人に川本和男を乗車せしめたことの責任を否定するに由ない。また所論によれば、本件衝突については、被告人ばかりでなく、列車の機関士により以上の過失があつたのであるから、被告人にのみこれによる責任を負わしめるときでないと主張するにあるけれども、本件事故発生の経緯は後段説示のとおりであつて、道路を通行する本件自動三輪車こそ、専用の鉄道上を定時に進行するより高速度の列車の通行を妨害しないよう万全の措置を講ずべき筋合のものであるから、被告人に過失があることは優にこれを認め得られるのみか、列車の機関士は踏切に近づくや警笛を吹鳴し、被告人の運転する自動車が踏切のために設置された警報器附近で停車せず、これを通過する気配を察知して、直ちに急停車の措置をとつたことが明らかであるから、列車の機関士に過失のあつたものとは容易に断じ難い。そして被告人に過失の存する限り、列車の機関士の過失の有無を問はず、被告人は本件事故による責任を免れ得ないことは言を俟たないから右所論も当らず、原判決には所論のように、理由不備、又は審理不尽乃至事実誤認の違法があるということはできない。論旨はいづれも採用の限りでない。

弁護人桑原純照の控訴趣意第二点(理由不備)、及び弁護人堤牧太の控訴趣意第一点(事実誤認)、第二点(理由不備、事実誤認、法令適用の誤)、第三点(審理不尽、理由不備)について、

刑法第二百十一条にいう業務とは、各人の社会生活上の地位に基づいて、継続的に従事する事務であつて、人の生命、身体に対する危険を伴うものを指称し、その事務について法規上官庁の免許を必要とする場合にも免許の有無は問うところでないから、その性質上或る程度の危険を伴う自動三輪車を運転する仕事を、社会生活上の地位に基づき継続反覆して行い、または一回でもこれを継続反覆する目的を以て行う者は、免許を有しなくとも、その運転を業務としている者に該当することは言を俟たない。ところで本件記録及び原裁判所において取調べた証拠並びに当裁判所の事実取調の結果を綜合して考察するに、被告人は自動車運転の免許をもたなかつたが、自家の農業兼薪炭の販売運搬の営業に使用し、時に他人の需により物品の運搬にも使用していた自家所有の判示自動三輪車に運転免許を有する実兄幸夫の運転助手として昭和二十九年一月頃以来乗車しており、近く自らも免許を得るべく運転の練習をしていたものであつて、兄幸夫と共に本件事故の十日位前から宮田組の需により八代市日奈久町の海岸より建地石材を二見村まで運搬する仕事を続けていたところ、たまたま本件当日兄幸夫が他出して不在のため、宮田組からの要求を断りきれず、自ら該自動車を運転して一回その運転を了え、更に二回目の運搬をなす途上において、判示のごとく事故を惹起した事実はこれを認め得られるけれども、被告人が自動車の運転の業務に従事していたこと、換言すると、従来その社会生活上の地位に基いて該自動車の運転を反覆していたこと、または、将来これを継続して行う目的を以て判示のごとく運転をなしたことは、いづれもこれを確認し難く、ただ被告人の検察官に対する供述調書中に「兄に教つて運転を覚え、時々兄に代つて自分で運転しておりました」旨の供述はあるが、爾余の証拠に照し、右供述により直ちに被告人が該自動車の運転を業務としていたものと速断するのは早計であつて、他にこれを肯定するに足りる資料は記録上見当らない。それで被告人が自動車運転の業務に従事していたものと認めるにはその証明が不十分であるというのほかなく、原判決が判示のごとく被告人が自動車運転の業務に従事していたものとして、本件の事故をその業務上の過失に起因するものである旨の事実を認定し、刑法第二百十一条を適用処断したのは、事実の認定を誤つたか、または前示法条の解釈適用を誤つたものと認められ、その誤りは判決に影響すること明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

しかし、職権を以て按ずるに、前記各証拠に徴すると、本件事故発生現場の鉄道踏切に通ずる道路は、幅約七・七米の平坦な路面で、国鉄鹿児島本線に並行し、踏切附近において、やや曲線をなしているが、鉄道との間には畑地があるのみであるので列車の進行は容易に発見し得る状況にあり、且つ該踏切には遮断機の設置はないが、警報器が設けられ、列車が踏切に到達する五百米手前より自動的に吹鳴するばかりか、同時に赤電灯二個が交互に点滅し、危険信号をなす仕掛となつており、また危険標識も設置してあること、而して当日右警報器に故障があつたことを認める資料は存しないのみか、本件自動車と衝突した列車は貨車三二輌を連続し、八代駅を発車後は、肥後高田、日奈久の各駅に停車せずして本件踏切に差蒐つたものであるが、警笛を吹鳴しつつ進行して来て、踏切に近づく頃には機関車から該自動車は目撃されているので、該自動車を運転していた被告人も右列車の進行に気付き得る状態であつたこと、本件事故の時刻は真昼間であつて、現場の見透は良好であつたこと、被告人は無免許で、自動車運転の技術について左まで確信を有しないのに、助手席に川本新吾を乗せ、石材を積載した荷台に川本和男を同乗させ、日奈久町から南進し、時速約三〇キロで進行して来て、警報器附近で前方から来る自動三輪車と摺れ違う際約二〇キロに減速したものであること、また被告人は法令上鉄道の踏切手前で、自動車は一旦停車しなければならないとされていることは充分これを熟知していたこと、がいづれも明らかである。そして、被告人は、前示のごとく前方から進行して来た自動三輪車と離合する際これに注意を奪われ、列車の進行及び警報器の吹鳴や危険信号の赤電灯の点滅に気付かず、列車の通過等に依る危険のないことを確認するため踏切で一旦停車すべきに拘らず、停車もせず漫然踏切内に進入したため、列車側の急停車の措置も効なく、これと衝突するに至り、因つて判示のごとき人の死傷並びに列車の脱線や破損及び線路枕木の破壊や軌道の使用不能による列車の往来に危険を生ぜしめる結果を惹起した事実を認めることができる。従つて、被告人は前示のごとき諸点に気付くだけの僅かの注意を払うことにより本件事故の発生することを容易に予見し事故を未然に避止し得たに拘らず、その怠漫によりこれを予見しなかつたことが明白であるから右は被告人に重大な過失があつたものと認定せざるを得ない。

而しておよそ業務上過失致死傷と非業務重過失致死傷とはその犯罪構成要件を異にするが、業務上の過失には、業務者に単純な軽過失あるときのほか、重大な過失あるときをも包含するは言を俟たないから、業務上過失致死傷の訴因事実の過失にして重大な過失に該当する限り、前者に対する被告人の防禦は当然に後者に対するそれを包含するものということができるのみならず、元来被告人の起訴された所為を軽過失と判定するか重過失と判定するかは該所為を前提とする法律上の価値判断に属するので、訴因の変更又は追加の手続なくして、業務上過失致死傷の公訴事実を非業務重過失致死傷として認定することは許されるものと解すべきである。これを本件についてみるに、起訴状に記載の業務上過失致死傷の事実のうち、その業務上の過失は判示のとおりであつて、まさに重大な過失に該当するので、前に説示したところにより、訴因の変更手続がなくとも、これを非業務重過失致死傷と認定することによつて、被告人の防禦に特に不利益を与えるものということはできないから、これを違法とする理由は存しない。されば、当裁判所は原判示の業務上過失致死傷の事実を非業務重過失致死傷として認定し、被告人に対し、刑法第二百十一条後段を適用処断するを相当であると認める。

そこで、爾余の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条に則り、原判決を破棄した上、同法第四百条但書に則り更に批判をすることとする。

当裁判所が原判決に挙示の証拠及び当審第一回公判調書中、被告人並びに証人丸塚幸夫の各供述により認定する事実は、原判示冒頭の「で自動車運転の業務に従事していた」との部分を削除し、且つ第二事実のうち「業務上当然の注意義務があるにもかかわらず、之を怠り、漫然同踏切内に進入した為」とあるを「当然の注意義務があり、僅かの注意を払うことにより事故を容易に防止し得たにも拘らず、これを怠り、一旦停車することなく同踏切内に進入した重大な過失があつた為」と訂正するほか原判決に摘示事実のとおりである。

法律に照すと、≪以下 省略≫

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 筒井義彦 裁判官 柳原幸雄 岡林次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例